ライフワークと父との関係

先日、久しぶりに父と会話をする。

年末に、義理の兄(姉の旦那さん)と、兄の両親、私の両親とハワイに行ってきたらしいので、その話を振ったのですが

ハワイの思い出話しを語るでもなく

「龍一はハワイに行った事があるのか?」

との切り返し。

そんな質問に、何故かとてもイライラしてしまう自分。

他にも、他愛もない会話の中

「だって〇〇だろ?」

みたいな、心配するような口調の話で怒り爆発

いや、知っとるがな、そんな事は、考えた上でやってるし、いくらでも調整できるし、何かとても、馬鹿にされてる気がするのは何でだろ?

正直、親父の質問は、いつも何を意図してるかさっぱりわからなくて混乱する!

ハワイも何か無いの?楽しい思い出とか?何か楽しい話をしたいのに、「ハワイ行ったことあるのか?」って? 何?

何かいつも色々、探りをいれられる感じがして、余計な心配される感じがして、正直しんどい!

と、文章にしつつ振り返るとよくわかりますが、面白いくらい、マトリックスのダンスをしているなと^^;

ある種の競争であり、投影であり^^;

結構、対話を重ねて、消化したつもりだった
「父親は自分に対して、ダメだしをする存在。」
「こちらの気持ちや、言葉を理解しない存在」
としての恐れが、未だに根強くあるのだなと再認識しつつ^^;

そんな、父親の価値観として見てるものは、なんのことはない、自分が、勝手に、父が、世間が、そうでないと受け入れてくれないと、思いこんでる、自分の価値観でもあって

ハワイなんかも、他の人に聞かれたら

「行った事ないんだよ、いつか行ってみたいって思ってるんだよね〜」って素直に答える。

心配ごと、「だって〇〇だろ?」みたいなことも、「そうなんだよね〜、それもあるよね〜、それがめんどくさいんだよね〜」って答えることも、父親には素直になれない^^;

言うと、負けた感じがしてしまう。
競争して、強がってしまう^^;

自分が感じる父の思考回路は

自分はこう感じている→ 世間一般や、周りはこうだ! → 比較すると、世間は正しい、自分が間違えている 、劣っている→ であれば、自分が感じている事は伝えるのを辞めよう、世間の常識を伝えよう、頑張って自分を変えよう

こんなパターン。

最近の私は

自分はこう感じている → なんか話したいし、聞きたいと閃く → そのまま表現して見よう!

ただ、前者の感覚も間違いなくあって

今回、それを、思い出させてもらう、自覚する良いきっかけだったなと^^;

ハワイには行きたい、楽しそうって感じてる
→ 父親は、ハワイに対するあこがれというか、海外に対する羨望があって、ハワイに行くってのは、ステータスって思ってるんだろうな〜 → その価値観で言うと、行ったことないって伝えると、残念そうな感じや、変な同情心を示されるとめんどくさいな〜 → 軽く流しとくか…

みたいな流れ^^;

後者な感じで、素直に表現出来ない事や、価値観で、ジャッジ、判断される感覚に、痛みを感じてしまう^^;

ただ、こんな流れも、裏表

自分がまず先に、父親にジャッジ、判断される恐れを感じて、父親を、ジャッジ、判断してしまっている^^;

そんな話の流れになるか、わからない段階で、どうせそうなる、そうなるに違いないと決めつけている。

これは、結局、自分がその関係を作っている

自分は、その様に、批判される人間なんだ、父親とは、そう行った関係性しか作れないんだ!って決めつけている自分がいる^^;

自分が世界を作っている。

そんな競争、投影、ジャッジや判断の先に、本当は、何を求めているのかというと、単純に、分かり合いたい、楽しさや喜びを分かち合いたいって思いがあり^^

お互い、本音は、何となく分かり合いたい、共感し合いたいのに、分かり合えないジレンマ

そう、お互い分かり合いたいのです^^;

分かり合いたいから、それぞれの目線、視点から、色々話すのですが、お互い恐れがあるのですね^^;

私も、判断、ジャッジして、批判したいのではなく、単にもっと、分かり合いたいだけなんだよって伝えてみると

父親も案外素直になってきて^^;

聞くと、可愛いもので。私は海外に色々行ったことがあるのは知ってるから、ハワイもきっと行った事があるのかな?と思って、その流れで、ハワイの話を色々したかったそうです。

母は、海外に4回、私は数え切れないくらい行ってる中、自分は2回しか?行ってないから、どうも、なんか、自信もって話せなかったようです^^;

「いくつになっても、子供の事は心配なんだよ」「親は心配なんだよ」これが父の口癖ですが、心配するのが、好きな人なんですね^^;

心配することが、愛情、優しさの表現の人なんですね^^

関係性を育むポイントは、ここなんだなって思います。

必ず分かり合えること、必ず繫れることを信頼すること。

そして焦らないことですかね^^;
わかり合わなければ、繫らなければってなると、それはそれで、執着的な、恐れを生み出しやすいので^^;

これが前提としてあると、ジャッジ、判断する必要なく、相手を受け入れることが出来る。自分の思いも素直に伝えることで、お互いを尊重しつつ、関係性を育むことが出来る。

今回の根本的なところとして

親子の関係における、ジャッジ、判断、観念が大きかったなと^^;

父親だからこうあらねば。
父親だからこうあって欲しい。

これは、パートナーだからとか、先輩だから、上司だからとか、色んな場面で見られる出来事で^^;

父親でなくて、友達だと思ったら、ある意味、むっちゃ良い奴というか、面白いおっさんなんですよね^^

親だから、子供だからと言う理由で、特別な関係性を築こうとしてしまう^^;

すったもんだがありましたが、お互い、感じてることを伝えあって、理解し合う良いきっかけとなりました^^;

ライフワークとの関係性も正に、同じことだなと^^;

わかってもらえない、伝わらないって恐れがあると、ライフワークとの関係性も変わらない、前に進まない。

結局は、どんな時でも、自分の感じていることを素直に伝える事が大切であって^^;

必ず分かり合える、繋がって拡がって行く、そんな思いで、コツコツと、焦らず育んで行く。

ライフワークは、本当の自分や世界を許して、見いだして行く

そんな素敵な活動なのだと、改めて感じました^^

PROFILE

Ryu
Ryu
外資系の社長を卒業して(廃校になったとも言う)独立。
プロデューサーという役割を軸に、コンサルとか、コーチング、カウンセリングをしながら、イベントを企画したり、セミナーを主催したり、面白い人のプロデュースをしている。
基本、めんどくさい事が苦手なのですが、めんどくさい事を防ぐためには、細かい事に全力でこだわる。そんな自分が、一番、めんどくさかったり......

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA